日奈久温泉は、応永16年(1409)、浜田六郎が父の刀傷をいやそうと神に祈ったところ夢でお告げがあり、教わった場所を調べてみると温泉が湧き出ていたと伝えられています。その場所は今の本湯で当時は海中でした。この霊泉発見が伝えられると、六郎の孝徳とその霊験とを慕って療養にくる人が多くなりました。参勤途上の島津侯もよく利用し、江戸初期には細川家の藩営温泉に指定されました。泉質は弱アルカリ単純泉で、リューマチ・神経痛などに効果があると言われています。また、放浪の俳人種田山頭火も宿泊し、「温泉はよい、ほんたうによい、ここは山もよし海もよし、出来ることなら滞在したいのだが、-いや一生動きたくないのだが」という歌を残しています。